◆ セブンイレブン・東国原・叶姉妹・武井保雄・清原のことなど2009.6.26

外国人が日本に来て一様に驚くのは、日本の男の

「チンポの大きさ」ではありません。日本女性の

「潮吹き」でもないのでございます。




街中のいたるところに設置してある飲料水等の自動販売機でございます。

只今の自動販売機では米、カサ、単行本、ウドン、そばとあらゆるもの

が売られておるのでございますが、そうしたお金と品物を満タンにした

自動販売機を人里離れた山奥のキツネ、タヌキの棲み家の前に24時間

放置しておいても、壊されたり持ち去られたりすることがないのに驚くので

ございます。




そんな国は世界のどこを捜してもないからでございます。

日本を訪れた世界の人々は自動販売機に象徴される日本社会の

「モラル」と「安全」に感嘆するのでございます。




「安全」は国の経済の「繁栄」と国民の「道徳心」の象徴であります。

世界同時不況となってマイナス思考ばやりでございますが、

世界的に著名な社会学者は、今後数十年を経ても日本以外に

「お金と品物を入れた箱」を路上に放置しておいても「安全な社会」

は出現しえないだろう、と観測するのでございます。




人類最高峰の「公徳心豊かな社会」を築いた私たち日本社会をもっと

誇りと思うべきでございます。こうした「自動販売機ビジネス」が成立する

現在日本国内の自動販売機の数は約560万台、全国4万件のコンビニの

売り上げと拮抗する7兆円の売り上げを誇ってございます。




この一大産業というべき「自動販売機ビジネス」はまた、

世界に冠たる日本の「技術力」によって支えられているのでございます。




外国人が自動販売機に向かってとまどいを見せるのは、果たしてお金を

入れたら本当に指定する商品とお釣りが出てくるか、不安を抱くからで

ございます。




しかし我が日本の自動販売機は何十何百何千回使うとも故障することなく

正確に、商品を出し釣り銭も間違うことがないのであります。




北は北海道南は沖縄まで、雨の日も晴れの日も雪の日も嵐の日も、

きびしい寒暖の差があろうとも、狂うことなく正確に動き続けている

のでございます。




機械ですから壊れること皆無とはいえません。イタズラでたまさか

瞬間接着剤や異物をコインの入り口に差し込まれることもあります。

売れ筋商品が売り切れてしまうことだってあるのです。




しかし、街で見かけることごとくの自動販売機は朝も昼も夜もなにごとも

なかったように商品を欠くことなく灯をともし、動き続けている

のでございます。




日本の極めて高度な技術力と完璧なメンテナンス力によって、

自動販売機ビジネスが構築されているのでございます。




セブンイレブンの賞味期限切れの弁当などの「安売り」問題が話題となって

おります。初めから無駄を承知でビジネスモデルが確立されている商売、

でございますのでセブンイレブン本部の主張はよく理解できるのでございます。




無駄を排除して効率を重視する、はビジネスの鉄則であっても、現実の商売

ではそれをいったら成り立たなくなるケースが少なくないのでございます。

自動販売機ビジネスがそうでございます。




七兆円という全コンビニに匹敵するような巨額はビジネスも数千億の

「無駄」なくては成立しえないビジネスなのでございます。




飲料水の賞味期限のことではございません。

電気代、のことでございます。最近の自動販売機はおおむね

「温冷共用」のものとなっております。




それらはまた省エネ仕様となっていますが、それでも商品を常時

24時間暖め冷やしておくためには一ヶ月で高額な電気代を消費しております。

500万台となれば「莫大な電気料」でございます。




どこからがムダでどこからが有用と線引きすることは困難でございますが、

数千億円の「ムダ」な電気の消費があって成立しているのが「自動販売機

ビジネス」なのでございます。自動販売機のビジネスモデルは数千億円の

電気代をドブに捨てることで成り立っているのでございます。




それに比べて五、六百億円のセブンイレブンの「廃棄物」問題など

小さな問題と思えるのですが、そうはならないのでございます。




なぜなら人は見えないものに想像をたくましくして、

怒ったり泣いたりすることは不得手だからでございます。

見えるものに刺激を受け激しく反応します。




だから「電気」は見えないので10倍もの「捨てている」無駄をしていても、

自動販売機ビジネスは問題となることなく助かっているのでございます。




弁当は目に見えてしまっているのです。目に見えているものは恐ろしい

ほどの影響をもたらします。一人歩きをするのです。五倍にも10倍

にもなって効果を発揮するのでございます。




食糧自給率が叫ばれるご時世にあっては、それを「捨てる」ことを

目撃する大衆の心は痛むのでございます。日本人の生活習慣である

「節約指向」からもなじまず、受け入れることができないのでございます。




早晩問題となることは分かっていたのであります。

もはや民意は本部にあるのではなく加盟店にあるのでございます。

5、6百億円の「弁当」を「もったいない」を無視し、「効率」のみを追求して

「廃棄」するビジネルモデルは「社会が許さないのだ、」ということを

セブンイレブン本部は認識すべきでございます。




ジタバタと記者会見をして、百億円は本部が負担しますなどと言う

ことは見苦しすぎでございます。




私どもAV業界にあっても今日では撮影現場で「生」で行なうことは

ありません。おいしいのは「生はキャラメル、SEXはコンドーム」が

合い言葉となっております。




AIDS撲滅の社会運動が社会現象となっているなかでは、いかに

「芸術」を「標謗」しようとも「生」で行なうことは「御法度」

となっているのでございます。




これが俺流のヤリ方、独自のビジネスモデル、は通用しない

のでございます。あくまでも「生にこだわりノーコンドームでイク」

などとほざいて民意に反旗をひるがえすものは社会から退場を

命じられるのでございます。




セブンイレブンといえども明日のGMにならない保証はどこにもない

のでございます。帝国は巨大な敵によって滅ぶのでなく、些細な

小さな蟻の一穴によって滅ぶのだ、ということを歴史は教えてくれて

おります。




いま問われるのはローソンやファミリーマートがどうだではなく、

トップランナーであるセブンイレブンの民意に対する「適応能力」

なのでございます。




古賀誠、自民党の選対本部長でございます。この男が選対本部長の任

についたときから自民党はもう駄目だろう、と予想はついていました。

何故ならこの男に選挙に対する実績などまったく見られなかったからです。




前座歌手に「組長」ズラのド音痴をもってきて、観衆をア然とさせる

ような間違いを自民党は犯しました。派閥の力学だけで柳原可奈子をヤセ薬

の広報担当に選んだようなものでございます。あんの定、この期に及んで

「組長」は自分の進む道を失い、東国原に突然のクリンチをしております。




以前から東国原に狙いを定めていた、のでありましょうか。いずれにせよ

この二人のテレビの2ショットを見てガックリきました。

江原と美輪明宏の2ショットよりもっと「おぞましい」ものに見えました。




古賀誠、道路族のドン、オヤジが太平洋戦争で死んだのが売り物で日本

遺族会の会長をつとめています。




太平洋戦争で肉親が死んだことが「売り物」になるなら、ウチのオヤジ

だって弟3人戦死させています。オフクロも最愛の弟を失くしております。

オヤジは生涯極貧をつらぬいて死にました。




「売り物」にしているとは、20万の戦死者を出した「沖縄戦没者慰霊祭」

を欠席して東国原に抱きつきに行くことを優先したからです。

最も大切にするべき「鎮魂の日」を無視して、現実の「打算」を優先すれば

お前の「真実はどこにある」と問われて当然であります。




なにがあっても親の慰霊の日にはかけつける、こうした浮世とは断絶した

ひたむきな報恩の姿勢があってこそ民草の信頼を得るのでございます。

古賀誠の本性は「卑しい男」だと「確信」したテレビのシーンの記憶

があります。




料亭に入る野中の後ろに小判鮫のようにつき従いながら「私は野中先生に

総理になっていただくのが一番良いと思っています」と古賀が言った

のであります。そのときのお追従笑いの下品だったこと、野中のウンチ

の付いたケツの穴さえ舐めかけない隷属ぶりでした。こんなゲスが

日本の政治を左右しているのかと暗然としたものでございます。




そしてこのたびの東国原への「ラブコール」でございます。




古賀を見ていると、いくぶんアノ小沢の方がマシに見えるから不思議なもの

でございます。民主党は今後「古賀」をヤリ玉に上げ続けて行けば勝利は確実な

ものとできるのではないでしょうか。




「必勝を期して」をまたしても「惜敗を期して」と言い放った麻生さま

の存在があるのでございますから、民主党はもはや「両手に花」状態で

ございます。




東国原は宮崎のセールスマンだそうでございます。セールスマン

であればあれくらいの働きはあたり前でございます。




あの程度のセールスマンぶりで喝采をいただいたら、町の商店街の

八百屋や魚屋、肉屋のオヤジさんに怒られましょう。

「馬鹿いってんじゃないよ、俺たちは朝早くから夜遅くまで一日

16時間立ちっぱなしで何十年も商売しているんだ」よと。

それで喰うや喰わず、なのでございますから・・・。




大仁田厚が20年前、キューティー鈴木のトレーナー役で私の会社の

プロモの仕事をしていた頃は、借金まみれでヤクザに追われ無一文状態でした。




その後、政治家となっていまでは五反田に自社ビルをかまえ、

悠々自適の生活を送るまでになっております。

プロレスラーをやっていたらいままでも、貧乏交響曲を焼鉄板の上で

裸足で踊り続けているような状態であったでありましょう。




政治家とは儲かる商売、のようであります。




東国原の東京の風俗界での評判は「最悪」であります。あんな

「汚い客はいなかった」と彼を客として迎えたことのある

風俗関係者は今でも思い出すにもおぞましいと、顔をしかめて言います。

余程風俗嬢たちに対して、ヒドイ仕打ちをした男だったのでありましょう。




別かれた女房ドノも黙して語ることがありませんが、多分胸の内は

「反吐が出る思い」の経験をしたのでありましょう。

「品性下劣」がいまだにその猿顔に「見えすぎ」が致命傷でございます。




人間の品性はそう簡単に変わるものではありません

(恥しながら、私自身のことでもあります)




東国原は小向美奈子であります。もうしばらくは直接支持者と触れあうこと

に精進されるがよろしいのではないでしょうか。いまがチャンスだ、

なんて乗っこみすぎずに、あと数年は宮崎でリハビリの日々をおくり、

捲土重来を機されるのがよろしいのでございます。




「学者を褒めるなら豆腐屋も褒めろ」福澤諭吉の言葉であります。

明治政府の役人がある日、福澤諭吉の功績を顕彰したい、と訪問して来ました。




役人を前に福澤諭吉は自説をこう展開しました「褒めるの褒められぬのと、

全体そりゃ何の事だ。人間が人間当たり前の仕事をしているのに

何も不思議はない。車屋は車をひき豆腐屋は豆腐をこしらえて、

書生は書を読むというのは人間当たり前の仕事をしているのだ。

その仕事をしているのを政府が褒めるというなら、まず隣の豆腐屋から

褒めてもらわなければならぬ、そんなことは一切よしなさい」こう言って

断ったのでありました。(福翁自伝:PHP研究所刊)




簡単にリベンジを果たした者は世の中を甘く考え貧欲になり、いつか必ず

破滅するものでございます。ミッキー・ロークは6万円のアパートに13年

の臥薪嘗胆を経て再起しました。私などはもう十八年も艱難辛苦の日々を過ごしておる

のでございます。




作家の元橋信宏氏と久しぶりに会いましたら氏に「ずい分と過激なことを

書いていますね」と云われました。氏は外見はヤサ男でございます。




書くものもおもにエロ関係を「主戦場」としております。

が内実は「反骨のルポライター」故竹中労を師と仰ぐアナーキーな

「硬派」でございます。




その元橋氏から「過激なことを書いている」との指摘をうけた

のでございましたので、いささかとまどいました。




私から見ますと世間の「流儀」の方が、表現の自由の結社を装いながら

その実像は己の損徳の利害でがんじがらめの「死に体」になっている

ように思えるのでございます。




雑誌メディアは流通、コンビニ、JR、のマイナスになること

は書きません。テレビはバーニング、ジャニーズ、吉本興業、電通、

の不都合な真実は報道しないのであります。




新聞は3割といわれる自からの「押し紙」「詐欺商法」のことには

一切触れません。自由な報道機関とは名ばかりの「北朝鮮報道機関」

のごときご都合主義のマスコミ揃いでございます。




「疑体」することなく自からは何者であるかを明らかにして

いただきたいものでございます。社章の上に金正日バッチをつけられて

同じ穴の「ムジナ」であることを宣言いただきたいマスコミ揃いなのでございます。




本当のことを書くことが「過激」と云うのなら、その評価を甘んじて

受けたいと思います。オマ○コ屋はオマ○コのことだけを考えてろ、

との「ご指導」がございます。




が、手前ども「エロ事師」が生きていくためには、世の中の

「豊かさ、安心、安全」が担保されている必要があるのでございます。




貧困や戦争、人々の憎しみが増幅される社会にあっては「エロ事師稼業」

は存在しえないのでございます。戦争や紛争や貧困を一番憎む集団は

アムネスティに負けずおとらずして「SEX産業従事者」なの

でございます。




スキャンダルや事件をメシの種としているマスコミとは真逆の立場にございます。




あるべき健全な社会のために、誰れであれ市民は自から立ち位置から

発信し続ける「義務」を負うています。たとえ一人になっても吠え続ける

覚悟を知らしめることで、ようやく権力は覚醒するのでございます。




今日ではインターネット上でのブログが市民の「言論機関」として

その役割を担っているのでございますが、スキャンダリズムに堕ち入る

ことなく事実のみを書く自制心が求められます。




権力は「名誉毀損」をタテに言論の封殺のチャンスを常にうかがっているから

でございます。




私の場合は自分が体験したことを書く、ことを第一義にしております。

また他人から聞いたことでも、その話が事実と思える話しであってもその

情報をもたらした人間が信用出来ないときは書くことを止めにしていいます。




たとえば「信用出来ない」とは、万が一「名誉毀損」の裁判となったとき、

私にその情報をもたらした人間が私側の証人として出廷し、話した事実

をありのままに証言してくれることを「確信」できないこと

でございます。




こんなことがございました。私の20年来の友人に政財界に深い

パイプを持って「仕事」をしている男がいます。その男がある時

総理経験者一行と連れだって時の台湾の李登輝総統に会いに

行ったことがあります。




帰国した彼と一夕卓をかこみ、台湾旅行の思い出話をしている席で

「総理経験者が李登輝からオミヤゲに百万$の米国ドルを新札で貰った」

との話が出ました。




意味もなく嘘をつく男ではありません。一緒に「同行者」として行動

していた彼の話ですから「目撃」したことも「事実」でありましょう。

が私は彼の「その話」を聞き流しました。

何も聞かなかったかのように「その話」を一切無視して別の話題に移りました。




私がマスコミに少なからずの知人友人がいることを彼は知っています。

いくつかのマスコミ媒体で「連載」していることも彼は承知です。

その上での彼の「目撃談」でございます。




彼がどんな思わくでその話を私にしたのか「真意」

がつかめませんでした。もしそのことをマスコミに公表すれば「政権」

を揺るがしかねない一大スキャンダルになることは必至です。




そんなキケンを犯してまで彼が何故その話を私にしたのか

腑に落ちませんでした。だから彼の話を「封印」したのです。

もしその話を公にして渦中の人となったとき、身の危険を変えりみず彼が

マスコミや法廷に出て「証言」するなどとは考えられたかったからです。




仮に「証言台」に立ったとしても平気で前言をひる返して

「そんなことを言った覚えがない」と言うに違いないと疑ったのです。




30年、エロ事師稼業をして7000人近くの女性と接してまいりましたら、

その義兄弟の輪は東京ドーム満杯になるほどにふくれあがって

ございます。




鳩ポッポでなくとも友達の友達はアルカイダだ、といった連ながりが

自然とできてしまっています。




「耳よりな話」を聞くことがあります。それこそ

「世の中がひっくりかねない」ほどの破壊力を秘めた話にも

出喰わすことも珍しくありません。




しかし書いたり話題にするときは、いつも頭の中に裁判の法廷での証言席を

イメージします。情報をもたらしてくれた人間がいざというときその

証言台に立って本当に「証言」してくれるか、そのことを確信

できなければ、たとえ「噂」話としても書くことを致しません。




私の場合「噂」話として書くときも、裏付けのとれた「事実」のみを

書くことにしております。「噂」話をするのは話しの信憑性に自信が

ないからでございません。




本人の名誉をおもんばかって、いわば惻隠の情からでございます。

以前横井英樹氏のことで次のようなことを書いたことがございます。




「彼の遺産というべき存在にK姉妹がおります。初めての出会いは

帝国ホテル、ロビーにたたずむ横井の傍に、当時は三姉妹であった

三人の女が近づき名刺を差し出します。




「先生に株の指南をお願いしたいんです」ギラリと光る横井の目、

これから先のキツネとタヌキの化かし合いはピカレスクロマンの

趣きでございますが、時間がよろしいようでまたの機会に」

K姉妹とは叶姉妹のことでございます。




これを書いた当時は叶姉妹の世評はあまりかんばしいものでは

ありませんでしたのでK姉妹と致しました。獲物をねらい定めたら

その美しい体を武器にしてモノにして成り上がっていく、

そのたくましい行動力と生命力に好感を持ちました。




悪意から書いたのではありませんでした。しかし、「訴え癖」のある

叶姉妹のこと、この文章を目にとめて「これから先のキツネとタヌキ

の化かし合い」の部分を問題にしてくるかも知れませんよ、

とアドバイスをしてくれる編集者がいました。




「男と女」のことは所詮タヌキとキツネの化かし合い、といった景色が

加味されてあるのは「当然」でございます。なにも「問題」になる筈が

無いと考えました。




更に言えば「キツネとタヌキの化かし合い」の具体的内容を、

もっと多く知っていました。

(たとえば横井英樹がヨーロッパに所有していたお城をプレゼントしたり、

その他の財界人の人脈を紹介したこと等々色々なコト・・・)



本来ならば当事者同士意外に知るよしもない帝国ホテルのロビーでの

叶姉妹の「声かけ」を、何故私が書きえたのでしょうか。

それはその帝国ホテルの現場に、横井英樹と叶三姉妹以外にいた

もう一人の人物から直接その事実を聞くことが出来たからでございます。




その人物とは十数年に及んで横井英樹の秘書をつとめた「女性」で

ございます。その女性とは私は家族ぐるみの付き合いをしている

親しい間柄でございます。




何があっても彼女が裏切ることはない、と絶対の信頼を持ちえたからこそ

書きえた文章でした。




女性が男性社会を向こうに「育ちと運にたよらず」身一つでノシ上がっていく姿

に魅せられます。嘘かくしのない成り上がりの強欲さが、好きでございます。

人間味に溢れています。




男は金銭欲が満たされますと、すぐ名誉が欲しくなりボランティア活動

に精を出したりするのであります。女の成り上がり、でそんな見栄を張る者

は一人もおりません。ボランティアなどに限られた時間を使いません。

強欲を押し通し、すべての時間は自分を美しくするためだけに使います。

自分が美しくなることだけに関心が向けられます。




幾百万幾千万円の高価な宝石やブランド品に惜しげもなく金を使うことに専念します。

整形だってありとあらゆる場所にメスを入れて平気です。

若さを手に入れるためには金に糸目をつけません。




狂ったように、美しくなるためだけに、美しくあるためだけに金を使い

続けるのでございます。同姓の女性たちはそんな彼女たちをエゲツナイ

とは少しも思いません。それどころかいつか私もああなりたい、

と自分たちの夢を実現して、贅の限りを尽くして生きる姿に憧れ、

喝采を贈るのでございます。




女性とはそういう「生きもの」なのでございます。




叶姉妹と対極にあるような、男に影のように寄り添い

「山内一豊の妻」の道を歩むことで男を日本一の大金持ちにのしあげた

「賢妻」がいます。




夫の名前は武井保雄氏、サラ金の武富士の創業者であります。その昔、

前出の元橋氏と「スクランブル」という写真誌を発行していた頃の話

でございます。編集部員がどこからか一葉の写真を手に入れてきました。




写真を見るとテーブルの上に女が横たわり、

その女の体の上にビッシリと一万円札が敷きつめられた姿が写っていました。

この女は誰れ、と聞くと日の出の勢いのサラ金の武富士の社長武井保雄氏の女房だ、

というのでした。「あの武井の女房?」と改めて写真を見なおしました。




女は若くありませんでした。ご面相も「並」でございます。体のライン

も推察するに「お粗末」のレベルでございます。何故このレベルの自分の

女房を使ってこんな写真を撮ったんだろう、疑問に思いました。




編集部員によれば「この写真を撮った頃の武富士はまだかけ出しの時代で、

モデル代をケチった武井社長が自分の女房をモデルにした」とのことでした。




見上げた女房です。亭主の仕事のためならと裸になって

一万円札を体の上に貼りつけて写真に写る、

などとは並の女房でできる芸当ではありません。改めて写真を見ると、

女房どのはカメラ目線で笑顔を見せていました。




実に屈託のないいい笑顔をしていました。田舎の出身なのでしょうか、

素朴さが目元に宿っていました。




その後武井保雄氏が「立志伝」中の人物として「富豪」の仲間入りし、

華々しく宣伝される付度にあの女房ドノの「笑顔」を思い出しました。

晩年の武井氏はスキャンダルにまみれて生涯を閉じました。




しかし氏の誉れは、数千億の財産よりも夫の「立身出世」のためなら

体に一万円札を貼りつけて世間に身をさらすことも厭わなかった

「曹糖の妻」を得たことではなかったでしょうか。

見事な「夫婦坂」でございます。




その写真は結果的には「スクランブル」誌の紙面を飾ることは

ありませんでした。右翼の男が持ち込んできた年間広告掲載料前払金

5000万円の条件を飲んで写真をボツにしたからです。




経営の台所は火の車でした。ノドから手が出る程金が欲しかったのです。

金と引き換えに記事をボツにするなどまさに「アカ新聞」のヤリ口でした。




背に腹は換えられずの論理が先行したというよりも、巨悪に吠え続けるために、

小悪の玩具となることヨシとしたのだ、とは美しすぎる言い分けでしょうか。

でも実際にその頃の武富士や武井保雄氏は、それほどのメジャーではありませんでした。




時流に乗って大成功を治めフォーブスの世界長者番付の常連となって

「権力」に登りつめるのはそれから10年後のことでございます。

写真の掲載をボツにする過程で一つ驚いたことがあります。




蛇の道はヘビ、というのでしょうか、武井保雄氏の周辺にいた

フットワークのいい「闇の世界」の住人たちの存在でございます。

彼等は右翼を名乗っていましたが単に代理人、というのではなく、

武井氏から信頼されかなりの決済権を持っていました。




交渉人の右翼の男は当方の五千万の「云い値」をその場で即決で承諾し、

二時間後にピン札の一万円札で五千万円をキッチリ揃えて持って

きました。30年前の5千万円でございます。

いまなら3億といったところではないでしょうか。

武井保雄氏は生前

「右翼は暴力団に弱い、暴力団は警察に弱い、警察は右翼に弱い、


この三つをうまく使って物事を納めろ」

を口癖としていました。そんな彼の信念をかい間みた出来事でした。




世間に「女道」をアッパレに生き抜く女性たちの姿があります。




果たして男たちはどうでありましょうか。「男道」なる本を出した

清原がいます。この男の「男道」とは恋女房のタレント生命を奪い、

子供たちを悲しませることのようでございます。




この男のズルイところは何かスキャンダルを起こすと女房、子供を

ダシにして逃げをうつことでございます。




数年前週刊ポストに風俗通いを書かれて(名誉毀損)の裁判を起こした

ときのセリフがそうでした。「女房、子供のための名誉に命をかけて闘う」

大の大人の男が風俗通いの身の潔白を主張するのに、女房子供の名誉を

かけることないだろうと、笑わされたものでございます。




名誉にかけたご利やくがあったのでしょうか、このときは何百万円の金を

出版社側からせしめることに「成功」しております。

そしてこのたびのモナコ不倫旅行でございます。




週刊誌の記者に対して

「俺は子どもに背中を見せられる」

ワメいたのでありました。

「女房、子供の名誉のために命をかけて闘う」

が口癖の男が、不倫旅行をしてどんな背中を子供に見せるというのでありましょうか。

支離滅裂でございます。彼はこれから指導者や解説者の道を歩かれるのでございます。




もう少しマシな言葉を云えるようにならなければなりません。

こんな見当違いな「セリフ」を吐いていたのでは「仕事」にならない

のではないでしょう。




人に感動や勇気を伝える為には、それを伝える表現力を磨かなければ

なりません。表現力とは心であり言葉であります。

親友だ!?と云っている桑田にみならって大学にでも入り、

心と言葉をきたえる努力をされるべきでございます。




語るべき言葉を持たず、ただ薄笑いを浮かべているだけのノータリン

の元有名選手は、旅人、中田英寿一人で沢山であります。

東国原に限らず、誰れとて人気者などといっても、それは人々の誤解

や思い込みによって得ている喝采でございます。





利用価値があるから人は寄ってくるのです。寄ってきてもらっている

うちが「華」でございます。価値などなければ「岸和田弁の中年の

乱暴者のビアス野郎」など誰れが相手にするものですか。




「笑わせる男」清原のイチャモン「男道」に喝!!

でございます。



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