| 2007/09/14 AV男優にしてみたい芸能人ベスト5 |
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あるテレビ番組で「AV男優にしてみたい芸能人ベスト5」を選ぶ、という企画がございまして、私めが「ベスト5」を決定する名誉を賜りました。ご紹介します。
まず次点の6位に羽賀研二クンを決定させていただきました。調査によれば今流行のロデオボーイに股がった女性が連想する芸能人、として研二くんはキムタクより上位の地位を獲得しております。いま国民が見たい腰使いは朝青龍にあらずして研二クンのソレなのでございます。研二クン早く出て来いよー、でございます。
5位はデーブスペクターに決定いたしました。その持ちモノは間違いなく「巨砲」であるに間違いない、との理由からのみではございません。聖行為とのイエス様からの教えに導かれたアメリカという国から来た彼が、いかなる明るく楽しいSEXを見せてくれるのか、を検証したい思いからでございます。「いや、許して」と拒んでいる女性のAVを撮ったなら逮捕される国でございます。拒絶しながら興奮していく、という人間の性の不条理な世界を認めることのない「欧米か」のノッペラボウなSEXが、スリコギ棒によって描かれるのでありましょう。
4位は川崎麻世と致しました。デーブとは反対に大和男子の下品なSEXが、かくのごとくして妻カイヤの白い巨体を征服しているとの様を、シャープ兄弟に立ち向かう力道山のごとき後光を放って描写されるでありましょう。
3位は「欽ちゃん」でございます。アノ涙のでない泣きの演技を見せた「熟年オヤジ」のナメとツキは、実はこんなにもエゲつない、を見せてこそ「欽ちゃん」の復権は果たされるのであります。
2位は市川海老蔵でございます。ただひたすらに、種馬のごとく自らの欲望を放出せんが為のやりまくりのSEX、その圧倒するパワーをご堪能いただける筈でございます。
晴れての1位は藤原紀香姫の亭主の陣内と致しました。紀香姫に夜毎どんな風に挑んでいるのか、をご確認いただき、若僧野郎の後ろから野郎もろとも紀香姫を串刺しにする仮想体験を、AVファンの皆様に満喫していただけるのでございます。
ジャニーズ系が一人もいないのは、ナルシストのSEXは、SEXを成立せしめ得無いからでございます。自分可愛さに政権を投げ出したあの男のSEX、でございます。吉永小百合さまを前にしてボッキ不全となったごとき男でございます。
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| 2007/09/05 守屋次官 |
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なにが苦しい、といっても死にたくないのに「死ね」と云われて問答無用で「はい」と死なねばならぬ立場ほど、苦しいものは無いでございましょう。
いつだって「死刑囚」の立場でございます。
しかし世の中にはその「死ぬ」を職業となさっている勇ましい方がおるのでございます。軍隊、の方々でございます。
が我が国の軍隊にあっては「死ね」と命令されても「嫌です」と拒絶することが許されるようでございます。守屋次官は「死ね」と上官の小池大臣に命令されても「嫌です」と反旗を翻し、あろうことか大臣と刺し違えをみせております。戦時下であれば上官の命令に背くは、敵前逃亡以上の重罪でございます。
即刻、軍法会議において「極刑」の裁決が下されるところでございますにこの守屋次官、差し違えをして小池大臣を葬った後、防衛省の「顧問」の座を獲るに至っております。防衛省の制服組はこの事実をどのように受け止められておるのでしょうか。
ハリ倒してやりたい、がホンネでございましょう。いっそ砲の的にかけてやりたい、と暗澹たる思いを禁じえないのではないでしょうか。なんとなれば守屋次官のようなクーデターを許す、となれば明日は我が身、いざ戦場にあって征服組たる彼等上官は、味方の兵より頭を撃ち抜かれることになることを覚悟しなければならないからでございます。古来より戦場にあって兵が将の命令を受けて死を賭して闘うは「殺される」からでございます。
敵ばかりでなく臆病風に吹かれて退却しようものなら「味方」に殺される羽目となるから由に、兵は前へ前へと猪突猛進するのでございます。
死の恐怖の前では「武勲を立てる」功名心などはなにほどの力を持ちえないのでございます。
進むも地獄、退くも地獄の圧殺される恐怖のなかでようやく兵は獅子と化し奮迅の活躍を果たすのでございます。上官の命令に背けば「殺される」死の掟によって軍隊は軍隊となりえているのでございます。
上官の命令に背いても罰せられることもなく恥じることもない「顧問」を擁する自衛隊など、職業訓練所以下でございます。これで心おおきなくコンボやフォークリフトの免許取得の訓練に励むことが出来る、との兵の安心を否定するものではありません。
しかし人間甘やかせばロクなものにならない、は社会保険庁の横領集団や大草原の「横綱」の例を見れば明らかでございます。
北の将軍さまのお陰でようやく「省」となったのに、テポドンが飛んで来る前に自爆するとは、笑える話でございます。
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| 2007/09/01 ビデ倫 |
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ビデ倫が警視庁の摘発を受けました。
メーカーからもかなりの逮捕者が出ているようでございます。お陰で売り上げが二割増したよ、と恵比寿顔のDVD店の店主がおります。風が吹けば桶屋が儲かる、のコトワザの通り、世の中は良い按配で廻っているようでございます。
製作者や見る側の立場からすれば、ブロック修正などイチイチ煩わしい以外何者でもないのですが、お上の立場からすれば「看過出来ない」ようでございまして、このイタチゴッコはまだまだ続くように思われるのでございます。
一方インターネットを開けば、無修正の画像がテンコ盛りで見れる、という現実があるのでございますから、お上のおやりになることにチグハグ感がいなめないのも事実でございます。
日本の無修正モノを売りにしているカリビアンや99bbといった人気サイトは、その決済をVISAやマスター、JCBといったカードで行なっているのでございます。インターネット上は個人輸入、との認識で刑法175条の「摘発対象外」との見解なのでありましょうが、今度摘発を受けたビデ倫業者らとの間の「不公平感」は拭えないのでございます。
それとも世界で14億枚が発行され、数百兆円の売り上げを誇る「世界のVISAカード」が擁する数千人の顧問弁護士団との裁判闘争を行なうほど、官にヒマも無ければ予算も無い、ということでしょうか。
消しが薄い、や有る無しは本質的に「エロ」とは余り関係の無いことでございます。
女性自身のアソコでそれが完結するのであれば、想定外ヌードの青木さやかや地獄のセクシーのシズちゃんのソレでもいいのか、ということになりますと「是」は少数派となる筈でございます。
なぜならば「エロ」とはそのものにあるのではなく、コントラスト、落差にあるからでございます。「生と死」は究極のエロティシズム、とはその意でございます。
吉永小百合さまのような「天上人」が、淫猥なほど良く使い込まれた薄茶色の糸引くビラビラを秘匿している、その事実にこそエロティシズムの極致が宿っているのでございます。
私達にはそれぞれのDNAに刻印された「究極」のエロが潜んでいます。これが俺が本当に欲しかった、一番興奮するエロだ。そんな皆様が探し続ける「自分にとっての真実の、ストライクゾーンのエロ」の人生の旅のJTBでありたい、アダルト稼業人の願い、であります。
どんな形と色をしているのか、そのことが分かった後の60年のSEXの為にAVはあるのでございます。
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| 2007/08/30 欽ちゃん |
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欽ちゃんの例の「完走」が話題となっております。
まずあれは果たして完走だったか、であります。テレビ興業師のしたたかな計算での「数分遅れで無事到着する」との演出があったにせよ、武道館にゴールをしたのだから「完走」といえる、との意見が大方でございます。
が平均時速3Kmでは「完走」ではなく「完歩」である、との表示が正しいのである、の意見も附与されております。
40%を超える視聴率をどうして稼げたか、についてはいまやヨーロッパ最大のタバコ会社を買収して連結2兆円を超える「大企業」となったJTの陰謀という説、が説得力を持って囁かれております。「ヘビースモーカーのあなたでもこんなに走れる」とのキャンペーンに欽ちゃんが狩り出されたのだ、という訳でございます。
考えてみれば永年に渡る喫煙のせいで不健体となった欽ちゃんは、恒例となったこの耐久マラソンの走者として選ばれるのには一番ふさわしくない「人物」であったのでございます。
であるのにもかかわらず何故欽ちゃんが選ばれたのか、そこには広告会社とJTの深い陰謀が隠されている、と物知り顔は云うのでございます。
「見ててごらん、そのうち欽ちゃんがタバコを銜えた(ゴクロウさんのごあいさつ)といった写真や映像が雑誌やテレビに必ず流されることになるから」と真顔なのでございます。
そういえば研ナオコといい、過去この番組の企画に登場したタレントには「噂のヘビースモーカー」が少なくなかったように思えるのでございました。しかし視聴者はそうした陰謀があることも知らずテレビ画面に向かって愚直に「欽ちゃんガンバレ」の声援を送ったのでございました。
「人間の死ぬ瞬間を見れるかも知れない、それもタダで」と釘付けになっていた我が愚妻のようなのは少数派でございました。
いま真面目に欽ちゃんの「哀れな姿」のテレビ映像と向き合った、欽ちゃんと同世代の人達の間に、小さな波紋が起きております。
60代、とはあんなにも哀れに体力が衰えるものなのか、と自信喪失されてしまったのでございます。年金問題の最中で、官や民が国を上げて60代は働き盛り、男盛りの元気な熟年運動を盛り上げんとするとき、破格のギャラに連れてエベレスト登頂を果たしたような「涙の出ない涙の演技」をして見せた欽ちゃんの罪は、その輝く芸能史を払拭するほどの重きもの、となるかも知れません。
老醜無残なり、でしょうか。
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| 2007/08/26 アーチスト |
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自らをアーチスト、と称する歌手がおります。
アーチストとは芸術家、の意味でございます。芸術家、とは決して自ら名乗るものではなく、他人がその才能に対して評価し与える「尊称」でございます。
であるのにもかかわらず、臆面もなく自らを「アーチスト」と名乗ってはばからない歌手がいるのでございます。
大衆芸能の星である歌手は、決して自らを卑下することはないのでございますが「アーチスト」とは、はばかり過ぎというものでございます。自らをアーチスト、と称する歌い手は総じて若手に多いように見うけられます。
彼等の特徴は、その歌う詩や曲を自らが手がける、ところにございます。メロディーは好き嫌いの範疇でございますので論評は差し控えるのですが、その詞は拙過ぎて酷過ぎ、でございます。
その最大の欠陥は「私、あなた、僕、きみ」のオンパレードであることに尽きます。「私、あなた、僕、きみ」の羅列で愛や人生を歌えると考えているとは、とんだアーチストでございます。
エロティズムが「クリトリス」や「チン○」の言葉の連呼のみで表現しえないと同じように、男の女の愛や人生もまた「私、あなた、僕、きみ」をエンドレスで熱唱してみても、何も伝わらないし、表現しえないのでございます。歌を「私、あなた、僕、きみ」の言葉をリピートして歌い上がれば上げる程、情景は私的空間に埋没し、共感の思いは途切れ、情念は飛翔することなく一人よがりの世界で完結するのでございます。
阿久悠はその詞をもって「時代の飢餓を埋める」と云いました。どうぞアーチストを自称される歌い手の皆様、一度是非「私、あなた、僕、きみ」の言葉を封印なされて、自然や時代のなかからその詞を紡ぐことをなさって下さい。
先達は美しい大自然のうつろいと季節の香りに感応して素晴らしい「恋の歌」を歌い上げております。「やはらかに積もれよ雪に熱る頬を、埋ずむるごとき恋してみたし」砂山の砂、でも愛が奏でられております。「砂山の砂に腹這い初恋の、いたみを遠くおもい出づる日」空間も言葉のツブテで斬り裂かれております「死にたくないかと言えばこれ見よと、咽喉の疵を見せし女かな」(啄木)
北島三郎が数十頭の競走馬の馬主となり、八代亜紀が豪邸のビルと別荘を披露するとなって、おとうさんから「歌」が失われました。
でもおとうさんは、召されて星降る道を往くとき、お気に入りの歌を口ずさんで行きたいものだ、と思っております。
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