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ヒラリーやオバマの演説が凄いです。一方いくら演説や言葉が立派でも…との批判の声があります。それらに対してオバマはこう切り返しました。「言葉で語ることが、本当に無意味なことでしょうか。私には夢がある、と語ったあのキング牧師の言葉が。なにをして貰えるかを問うより、あなたがこの国にどう貢献できるかを考えよう、と説いたケネディの言葉が。独立宣言のリンカーンの言葉が果たして無意味なのでしょうか」実に巧みであります。アメリカ人は今、この言葉を魔法使いのように巧みに操る黒人の男の演説に酔い痴れております。
「彼の演説を聞いていると自然と涙が出てくる」と云ったアメリカ人がおります。彼はインテリでジャーナリストであります。滅多なことで感情を露にすることのないよう訓練を積んでいる筈の男にさえ、オバマの演説は涙を流させしめて止まないのであります。逆境にあった人々に力を与えるのは「希望」であります。戦時下にあるアメリカで熱く「希望」を語り国民を鼓舞し導く姿は、理想のリーダーに求められるソレであります。
すぐれた言葉の力、で国民を牽引する男、がロシアにもおります。プーチンは外見に似合わず情熱的な語り口でロシアの大衆を魅了する「演説の名手」であります。彼が熱く語る「偉大なるロシア」に国民は熱狂し90%の支持を与え、そして今日見事にロシアは再興しました。最後となった内外の記者千三百人を集めた大記者会見では、4時間に渡って百を超える記者の質問によどみなく答え、そのたぐいまれなき「言語力」で居並ぶ記者団を圧倒したのであります。
オバマならぬババアのオリモノのような無意味な言葉を、依然としてタレ流し続ける我が国の総理の「言葉の力」の欠陥は、その出自によるものであります。二代目のトッチャン坊やのタナからボタ餅総理に「言葉の力」を期待するのは野暮というものであります。逆境に挑み、喪失を経験してもなお敗れることなく闘い続ける意志に「言葉の力」は涵養されるのです。
また「言葉の力」はSEXにおいてこそ重要かつ不可欠な要素でございます。これまで私達は姫君の「凄い」「気持ちいい」「こんなのはじめて」「大きい」「太い」「またイッちゃう」の言葉力によって、どれほど大きなイきを達成してきたでありましょうか。男子たるものバイブやバイアグラに頼らず「言葉の力」によって姫君を昇天せしめる力を持たねばなりません。
その言葉の基本は、行為の最初から最後までの間に「ありがとう」を最低、10回は言う、にございます。
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